広い浅い人生
新卒で就職してから、ワイヤーフレーム描いて画面設計をしたりワークショップを開催してサービスのコンセプトを決めたり、広く浅く色々やってきていたものの、肩書きとしては「エンジニア」と名乗りつづけることにしていた。1
「お前らがデザインと呼んでるものって結局エンジニアリングですよね」という思想的な背景があったりはするのだけど、普通にコードを書くのが好きなので、なんとなく気に入っているところはあった。
「広い」という深さもあるっぽい
最近チームの中で「雑司ヶ谷さん、コミュニケーション力高いですよね」的なことを言われることが増えた。うれしい~
コミュニケーション力とは割とバズワードである。ナンパが得意だとか、人を怒らせないとか、友達が多いとか、そういうことを指して使われることもある。僕はナンパしたことないし割と怒られがちだし、決して友達が多い方でもないので、ここで言うコミュニケーション力とは多分「抜け漏れない情報伝達を行い、通信不確実性を最小化する仕組み作りに長けている」みたいなことだと思う。
僕の所属するチームは開発だけじゃなくPdM・デザイナー・QA・ドメインエキスパート・UXライターといった多種多様な人々で形成されていて、皆それぞれ異なる責任を持っている。彼らとやり取りするためには色々な視点を切り替えながら臨まなければならないし、その視点は多少なりともその領域を理解し、あわよくば体験を伴う知識を持ち合わせることで得られるものだ。なので、「なんか色々やったことある」というのは、プロジェクト進行という「なんか色々な人たちとやり取りしてうまいことやる」という仕事にとってこれ以上ない要件なのかもしれないと考えるようになった。
ということで、「広く浅く」という特定の専門性に依拠しないスキルセットはそれ自体が「プロジェクト進行能力」という専門性の足掛かりになっていたのかもしれない…と感じている。
たぶん興味の対象はプロジェクトだったと思う
僕は仕事でコードを書くけど、処理系がどうなっているだとか、この言語の文法を記号論的に考えるとこうだとか、そういうことにあまり興味が持てない。逆にDDDとかClean Architectureみたいな「作り方」の話に関しては割と強い興味がある。
ということは多分 (まだ確信は持てないけど)、僕は炎上させず穏やかにプロジェクトを進行することばかり考えていて、それを達成する手段としてコードを書いている。だから、時に手段を切り替えて画面設計やファシリテーターをやることには何の不自然も感じなかった、という仕組みなんじゃないかと解釈している。2
プロジェクトマネージャーである
仕事では普通にコードを書いているんだけど、対外的な肩書きとしてはプロジェクトマネージャーを名乗っていこうかなと思う。別に何が変わるわけではないけど、なんとなく自分の調整屋っぽい感じというか、「とりあえずなんとかします感」みたいなものを割と正しく表現している気がする。あと「チーフです」って言っても伝わらないし…。
結局どこかで「いや僕エンジニアなんで」という言い訳をしていたところがあり、リスクの定量化とかスケジュール調整の考え方みたいな部分について圧倒的な知識不足を感じまくる日々なので、引き続き取り組んでいこうと思う。おわり。