こじらせと幸福

僕は思春期からけっこう最近まで、「正しさ」1を希求しない人間に対してメチャメチャに苛立つという謎の習性があった。結果正しくないのは別にいいけど、「正しくあろう」というモチベーションを持たない人間の気持ちが全く分からなくて、おまえ~~~という厳しい感情が沸き上がってしまう。この頃は何かと「怖い」「暗い」と評されがちだった気がする。

社会人になってからしばらく経って、急速に色んな人から「期待しすぎだよ」と言われるようになった。自分の信条を、あるいはそれと対等に噛み合うような観念を、他人に期待するから失望するんだよ、お前はもう少し自分勝手に生きたほうがいいよ、というようなことを相次いで言われて、なるほどね~と感じたことがあった。

そういうことを実践して、つまり沢山の人に対する期待を捨てて、非常に生きやすくなった。分かり合えない人とは分かり合わない。社会悪であっても自分に関係ないなら距離を取る。何かを是正するのは僕の仕事ではない。そういう世の中に対するドライな向き合い方を少しずつ覚えて、あんまり自分に関係ないことで悩まなくなった。この頃から「達観してる」「優しい」みたいなことを言われるようになった。

諦念と誠実さ

結局、僕は人間を勝手に諦めただけではあるまいか。

確かに勝手にこじらせて他人に怒るのは良くないし、今こうしてあんまり負の感情を表に出さずに生きられていることには大きな意義があると思う。そこに異論はない。が、そうやって内的な平穏を保つために殻に籠っていて何がどうなるのかと思うことがある。こうやってぬくぬくと自分を甘やかし様々な問題に対して無関心を貫いているのは「死なないため」であって、決して「生きるため」ではないという感覚がある。

エーリッヒ・フロムいわく、人間が生きる最終目的は孤独の牢獄を脱して「魂の秘密」を暴くこと、すなわち世界との合一であるという。そのための技術が愛であるのだという。2

僕は今、人間に真正面から向き合えていないという実感がある。そういった誠実さと主観的な幸福が、反比例しているような感覚もある。「誠実さなんて独善だ」と言われればそれまでなんだけど、それでもこう…僕はお前と魂で握手してぇんだ…という感情を捨てられていない。それでいて、分かり合おうと踏み込んだらあの頃の自分に戻ってしまうのではという恐怖をも脱却できない。結局作り笑いで適当に人付き合いをこなしてしまう。こうして社会性の壁はどんどん分厚くなっていき、今の僕といえば第14使徒ゼルエルである。N2どんと来いである。

どうした

正直そこまで何かを真剣に悩んでいることはないのだけど、最近「嫌なものは見ない」「関係ないことに関わらない」的な自己啓発・ライフハック界のトレンドが若干度を超えているように見えるのと、前述したような自分の生活の変化とが重なって、なんか、ちょっとおかしくなっちゃうんじゃないか、という感覚があって、とりあえず書いた。

僕たちはインターネットをたくさん使っているし、そこには様々なフィルターバブルがあって、好きなもの・面白いものに自然と取り囲まれるように世界を設計されている。それはとても楽なのかもしれないんだけど、なんだか人間に対する諦念みたいな割とスケールの大きい退化現象が、今この瞬間の売り上げのために切り売りされてしまっているような気がして、なんかこう、本当にこれでいいの…?と思えてしまう。

もしかすると、これは老化の始まりなのかもしれない。僕はSNSネイティブの少年少女が本能レベルで備えている防衛本能を持っていない旧人類で、そこで一緒に遮断されてしまう些末な情報についてあれこれ言っているとしたら、なんかそれはちょっと痛いなと思う。僕たちはインターネットから離れて生きることはなさそうなので、そこで人間関係をうまくやっていくというのは即ち上手に生きるという意味になり得る。インターネットへの最適化という意味で我々は進化しているのかもしれないし、だとすればそれを妨げるようなことはしたくない。本当に進化しているのなら。

なんとなく、「ハーモニー」3の中で描かれていた都市、あらゆるストレスが排除された、パステルカラーの無機質なディストピアを想像して、ちょっとウワーとなった一日だった。おわり。

追伸

文章が長くなりすぎてしまう癖があり、それで気軽にブログを書けなくなるのが嫌なので「今日は書くほどでもないことをサクッと書くぞ」と思って書いてみた。常にこれぐらいでいきたい。まだやれるぞ。


  1. キャッチーさで「正しさ」と言ってしまうんだけど「最適解」の方が適切かもしれない。 ↩︎

  2. エーリッヒ・フロム著, 鈴木晶訳 (1991)『愛するということ 新訳版』, 紀伊國屋書店 (amazonで見る) ↩︎

  3. 伊藤計劃 (2014) 『ハーモニー』 (新版), ハヤカワ文庫JA (amazonで見る) ↩︎